なんかいいことおまへんか!!

健康で文化的な生活について。つまり、ダイエットと、文学と、映画。

『ゲンロン戦記「知の観客をつくる」』年末年始読書2020~2021その1

2020年の年始に企てた「初心に戻って読書と映画、やっていこうと思っております」宣言、ものの見事に目論見が雲散霧消してしまいました。

 

結局15冊くらいしか読んでない。その反省を活かして2021年は読書すんぞ!!という意気込みを態度で示すべく読んだ本の感想などを書いていきます。

 

今回は東浩紀『ゲンロン戦記「知の観客をつくる」』でいきましょう。

 

 

だいたいこんな話

「数」の論理と資本主義が支配するこの残酷な世界で、人間が自由であることは可能なのか? 「観光」「誤配」という言葉で武装し、大資本の罠、ネット万能主義、敵/味方の分断にあらがう、東浩紀の渾身の思想。難解な哲学を明快に論じ、ネット社会の未来を夢見た時代の寵児は、2010年、新たな知的空間の構築を目指して「ゲンロン」を立ち上げ、戦端を開く。ゲンロンカフェ開業、思想誌『ゲンロン』刊行、動画配信プラットフォーム開設……いっけん華々しい戦績の裏にあったのは、仲間の離反、資金のショート、組織の腐敗、計画の頓挫など、予期せぬ失敗の連続だった。悪戦苦闘をへて紡がれる哲学とは? ゲンロン10年をつづるスリル満点の物語。(公式HP:ラクレ12月度 新刊情報|中公新書ラクレ ONLINE より引用)

 

途中まで読んだ感想をTwitterに書いてた。

 

 

ゲンロンという会社は哲学者が創業したという珍しい企業であるのだけど、その創業の経緯や創業から10年のゴタゴタなどは本書を読んでいただければわかります。

 

というのも、この創業からの10年間の悪戦苦闘と反省がこの本のテーマだからなのですが。

 

そして、このゲンロンの友の会会員(年会費を支払って書籍などが手に入るサービス)だった自分にとっては当時を思い返し懐かしい気持ちになったのが今回読もうと思った動機です。そしたらこれが!非常に面白かったので取り上げることにしました。

 

本書の読み方としてぼくなりに2通りの切り取り方をしてみます。一つはベンチャー企業で営業スタッフとして働いていた自分」としての切り取り方、そしてもう一つは「ゲンロン友の会会員だった自分」としての切り取り方。先ほどのTwitterに書いていたのは後者の読み方ですね。

 

ベンチャー企業で営業スタッフとして働いていた自分」としての読み方

この本のページの大部分を占めている会社経営の成功と失敗(失敗の記述が8割ですが)を読んでいると、ああ自分の会社もそうだったなあと共感の連続でした。

 

この本の本質は会社経営しくじり先生といっても過言ではないでしょう。これだけでも経営者、ベンチャー企業(スタートアップ)で働いている人たちはうんうん頷く経営の教科書的な役割を果たしています。

 

自分はもちろん経営者ではなく、イチ営業スタッフだったのですが、当時社長には「トップ営業やってほしい」、「新しいサービスの開発をやってほしい」、「パートナー企業を探してほしい」などの要望を持っていました。

 

でも社長はその時間を銀行のひとと話していたり、通帳とにらめっこするなどをしていて、なぜ社長は事業のことに関心を払わないのだろうと考えていました。

 

ですが、じっさいにこの本を読んでみると経営者の孤独と苦悩がしみじみわかります。

例えば事業に失敗しての資金繰り。『ゲンロン戦記』でも幾度となく資金繰りに苦労するシーンが出てきます。ついには会社を畳もうということも。

 

実際に2012年刊行の『日本2.0』や2013年の『福島第一原発観光化計画』は具体的にどのくらい売れなかったのかを語っていてそれが経営にどのくらい影響を与えていたのか、予算と実績の乖離に頭を悩ませているシーンは胸が痛くなるほどです。

 

イチ営業スタッフであれば、事業が失敗した、じゃあ次はどのようにやろうか、どの仕掛けが悪かったのか、反省点を活かして次に進むことを考えればいいのですが、経営者はそこに事業資金というものが大きくのしかかるわけで、それを当時のぼくはじゅうぶんに理解していなかった。

 

みているものが違うという当然のことですが、これこそが経営者の孤独と苦悩でしょう。これを赤裸々につづっているのが本書の価値といえます。

 

もう一つ、株式会社ゲンロンも当時勤めていた会社も10人前後の会社という共通点があります。10人未満の会社というのは、ひとりが持つ役割が膨大なものになります。

 

ぼく自身は営業をやりながら、写真撮影をしたりインタビューをしたり自社のメディアを切り盛りしていました。そのほかにもいろいろなことを兼務していました。残念ながら紆余曲折あってこの会社は退職することになりましたが……

引き継いだはずの営業先、自社メディアなどがうまくいっていればいいのですが、さまざまなことを兼務していたスタッフの後任が同じく全部できることはありません。

ひとり当たりの負担と裁量が大きい中小企業にとって人事は死活問題だと肌で感じることができました。

 

ゲンロンも実際にそのようだったみたいで、経理をやっているスタッフがいつの間にか総務や人事を担うことになり、果ては会社を巻き込む退社劇を巻き起こすことになるようです。

ちなみに、このスタッフ目線でいうと、なんとかして自分なりにいろいろと会社をよくしようと思った結果だと思うので、それはそれで従業員としての悲哀があるなあと思いました。

 

この経営と人事の問題は本書のあらゆるところに顔を出すので、経営あるあるなのだと思います。

 

10人前後という中小企業(零細企業)にとって人事は死活問題ですが、ひとを採用し、育成することの難しさ、しごとを任せる難しさを語っていることも見逃せません。

 

こういったゲンロンの経営的な事件が具体的なものとして語られているので、非常に納得するものばかりです。なんといっても、フィジカルな体験としてつづられているのがよい。例えば、

けれども、会社に戻れば、契約書の処理や業者との連絡に追われていて、なにひとつクリエイティブだったり学問的だったりすることは考えられなかった。「あれどうなったの?」「あの契約は解除できた?」みたいなやりとりばかりで、おれ、なんのために会社つくったんだろうと虚しくなっていました。p67

 

だとか、

 

そういう作業をするなかで、ついに意識改革が訪れました。「人間はやはり地道に生きねばならん」と。いやいや、笑わないでください。冗談ではなく、本気でそう思ったのです。会社経営とはなにかと。最後の最後にやらなければいけないのは、領収書の打ち込みではないかと。ぼくはようやく心を入れ替えました。p80

 

契約書、領収書の打ち込み、HDMI経理処理、こういった具体的な事例が幾度となく実体験として出てくることがとてもよいものだと思いました。 

 

「ゲンロン友の会会員だった自分」としての読み方

ゼロ年代そこそこ熱心な東浩紀の読者だったぼくはゲンロンの前の会社のコンテクチュアズという会社の友の会会員でした。

 

動物化するポストモダン』や『ゲーム的リアリズムの誕生』のキレ味の鋭い批評と現代日本文化を鮮やかに切り取る文章に、こんな批評家がいるのか!と興奮したことを覚えています。

 

過去形で記述されていることからもわかる通り、現在は会員ではありません。

 

それこそ、この本にも書かれている読者数の変遷とその当時の会社の状況とリンクしていて、かつて熱心な読者であった自分としては、まさかそんなことが起きていたなんて!とびっくりしました。

 

2014年ごろに東京に移り住んできたこともあり、それを機会に友の会総会にも参加したのですが、総会のあまりにも内輪ノリで常連と思われる人たちが楽しんでいる様子を見て「つ、つまらん……!!」とブチ切れてビールをしこたま飲んでプンプン怒りながら都営浅草線に乗って帰ってきたことを今でも思い出します。

 

当時のプログラムはググればでてくるでしょうが、なんとなく東浩紀とその仲間たち的なノリがきつかった。その後、友の会会員を更新することはありませんでした。

 

今となっては、自分の度量の狭さや、そもそも総会とはそういうものである、という認識も持てますが、当時は難しかったのでしょう。

 

この自分が感じた内輪ノリ集団に嫌気が差したことはじつは重要だったのだと本書を読んで思いました。ゲンロンのコンテンツはたしかに面白い。知的な好奇心にあふれるプログラムが多く、まさに「知のプラットフォーム」であると思っていました。

 

でも総会の参加者や友の会会員が信者に見えて仕方なかった。これが嫌気が差した理由です。

 

もちろん、当時のことなので少し誇大に捉えている部分もあるでしょうし、今と当時では状況は異なっているでしょう。実際、会員の層も多様化しているようです。

 

この信者に見えて仕方なかったということが、第5章で語られている著者自身の「ホモソーシャル性」との決別、あるいは最終章で語られている観客と信者との違いという点が昔のゲンロンにあったのでは、と思っています。

もちろん今でも信者的なスタンスのひとは一定数いるでしょうが……そうでいない人が増えているようです。

 

ゲンロンは変わったのかもしれないと、そう期待してもいいのだとこの本を読んで感じました。

 

まとめ(よき観客として)

 

ゲンロンは創業から10年が経ちました。中小企業が10年もの間継続することは並大抵の経営手腕でできることではありません。データ的には創業から10年で生き残れる会社は30%程度という厳しい数字です。

 

その荒波を乗り越えてきたのは事業そのものの魅力(ビジョンと変換してもいいかもしれません)や経営者としての手腕だといえるでしょう。

 

なので、中小企業や創業したての会社がどうすれば10年存続できるか、そのヒントが本書に書かれているのだと思います。

 

そうそう、ゲンロンは2020年10月に新しい動画配信プラットフォームのシラスを立ち上げたようです。

shirasu.io

 

これからはよき観客としてゲンロンおよびシラスのサービスを受けてみようと思いました。