柴田勝家『アメリカン・ブッダ』2021年読書日記
柴田勝家といえば戦国時代の中でも猛将として名を挙げた人物で、その終わりは豊臣秀吉に賤ケ岳の戦い・北ノ庄の戦いで敗れて切腹、自害したという。
現在は両手に斧を持ち無双することで有名ですが、その猛将柴田勝家が現代に転生したらSF作家になったということはみなさまもご存じのことかと思います。これが輪廻転生じゃ。
はい、半分ホントで半分ウソをつきました。いや、あながち間違いとも言い切れない。SF作家、柴田勝家。その風貌と挙動、まさに戦国武将の異世界転生した姿じゃないかと。まあ詳しくはググってみるといいです。
緊急事態宣言下ですがいかがお過ごしでしょうか。まだまだ寒いので家での読書が捗りますね。今回は柴田勝家『アメリカン・ブッダ』です。短編集ながら密度が濃い!
ペンネームから醸し出される著者のクセの強そうなプロフィールについて詳細は割愛するとして、今回の『アメリカン・ブッダ』、めちゃくちゃ面白い。今までなぜ読まなかったのだと。知らなかったのかと。
装丁いいですよね。帯にも書かれている通り、著者の小説の主な設定は民俗学×SFといった具合で。それもそのはず、民俗学専攻の文学修士なのだ。その専攻がいかんなく発揮された全六編の短編集、今回は中でもぼくが面白いと感じたものをいくつかピックアップするスタイルで紹介します。
だいたいこんな話
もしも荒廃した近未来アメリカに、 仏陀を信仰するインディアンが現れたら――未曾有の災害と暴動により大混乱に陥り、国民の多くが現実世界を見放したアメリカ大陸で、仏教を信じ続けたインディアンの青年が救済を語る書下ろし表題作のほか、VR世界で一生を過ごす少数民族を描く星雲賞受賞作「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」、『ヒト夜の永い夢』前日譚にして南方熊楠の英国留学物語の「一八九七年:龍動幕の内」など、民俗学とSFを鮮やかに交えた6篇を収録する、柴田勝家初の短篇集。解説:池澤春菜
全六編は以下の通りです。
どれもこれもハズレなし。この短編集で打線を組んだらいい感じなんじゃないかと。あと3編必要だけど。今回はその中でも『一八九七年:龍動幕の内』『検疫官』『アメリカン・ブッダ』について語りたいと思います。
『一八九七年:龍動幕の内』
舞台は19世紀末イギリス。主人公はみんな大好き和歌山が生んだスーパースター南方熊楠。異世界転生ものの主人公よりも異世界転生ものの主人公っぽい実在の人、南方熊楠。その博覧強記、知的化物ぶりはチートそのもの。曼荼羅のごとき知識を持つ彼をフィクションの主人公に据えたらそりゃあなんでもできますよ、って話ですが、ここに孫文というこれまた中華民国の国父をバディに事件解決に乗り出すってストーリー、そりゃあ面白いに決まってるじゃないですか!
スチームパンクの世界観に切れ者2人のバディもの、そこに「天使を探す」という探偵風のエッセンスを加えており、これが抜群に面白い。必ずやこの2人のストーリーまだまだ見たい!と思うはず。
と思ってたら、なんとこの『一八九七年:龍動幕の内』、続きがありまして『ヒト夜の永い夢 』という小説の前日譚とのこと。これもまた読まなければ!なんとなく映画化、アニメ化しそうな雰囲気があります。
『検疫官』
舞台は恐らく西アフリカの架空の国。空港で働く検疫官が主人公。検疫官といっても国内に持ちこませないのは新型コロナウイルスのような感染症ではない。
身体よりも思想に害をもたらすもの、あらゆる「物語」を徹底的に検疫する。このお話は「物語」を世界で唯一感染症とする国での「物語」。
このディストピアでは物語がご法度。
人間を人間たらしめるものはなにか?それは想像することではないか。とぼくなんかは思ったりするわけです。ちなみに「想像力が権力を奪う」という言葉が好きです。カルチェラタン!
カルチェラタンの落書きには他にも「禁止することを禁止する」という落書きがあるのですが、さて、「物語」の国内流通を喰い止めることに腐心する主人公はどうなるのか?
ある日、空港に外国からの子どもがやってくることからストーリーは始まるのですが……
この国では歴史もなく、対立もなく、宗教もなく、だからこそみんなが対等。物語を徹底的に排除すれば争いは無くなるのか?そういった思考実験の要素が多分にあり、いろいろと創造を掻き立てられるものです。
また、ある意味では感染症がどのようにして伝播するかを描いた小説なので、いまこのタイミングで読むと別の意味でも味わい深いものになりました。
『アメリカン・ブッダ』
大洪水という未曾有の災害と暴動により大混乱に陥ったアメリカ。そして現実世界を見放したアメリカ人が多く移住した架空現実の「Mアメリカ」が舞台。ミラクルマンというネイティブ・アメリカンが仏陀の福音を「Mアメリカ」の住人に語り、その啓蒙から「Mアメリカ」の住人もやがて架空現実から戻るもの、居留まるものに分かれ……というお話。
ベースにあるのはやはり仏教らしく、四苦八苦(四苦:生苦、老苦、病苦、死苦。八苦:愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦)やブラフマンといったものがテーマ。これを頭の片隅に入れておくと面白いかもしれません。ということで、読む前に一度仏教についてさらっておくと数倍楽しめます。
本筋も面白いのだけれど、もしネイティブ・アメリカンが仏教を信仰していたら?という想像も興味深い。
たとえば、ネイティブ・アメリカンのアニミズム・シャーマニズムと仏教が交差することで、コヨーテやハクトウワシといったネイティブ・アメリカンの象徴が仏教における生老病死の寓話の登場人物となることとか。
ミラクルマンが偉大なる精霊(グレートスピリット)にアメリカを救うように頼まれ……と語るくだりがあるのだけど、おお!シャーマンキングやんけ!とテンションが上がったり。
あとはそうですね、読了後のちょっと興奮しているツイートでも張り付けておきましょうか。ここでは封神演義の歴史の道標のことについても考えてた模様。
柴田勝家『アメリカン・ブッダ』めちゃくちゃ面白かった。
— ダダイスト新吉 (@nktrta960) 2021年2月4日
表題作のアメリカン・ブッダ、まじでネイティブ・アメリカンなブッダだしブラフマンだし封神演義なら歴史の道標だしでどうしたらこんなストーリーが描けるのか。民俗学とSFの食い合わせがめちゃくちゃいいことを知ってしまった。大好物です pic.twitter.com/xODa7S8LJ8
まとめ
ということで、今回は短編集の紹介でした。短いものであれば20ページくらいのものもあり、おそらくSFになじみのない人でもすいすい読めるんじゃないかと。
あるいはむしろ、骨太長編ものでどういう作風になるのかというのも気になりますね。柴田勝家氏、まだ33歳という若武者なのでこれからどう出世するのか楽しみな作家ですね。そうそう、解説の池澤春菜さんの文章がキレキレでこれも大変よかったです。