なんかいいことおまへんか!!

健康で文化的な生活について。つまり、ダイエットと、文学と、映画。

柴田勝家『ヒト夜の永い夢』2021年読書日記

前回のエントリで同作家、柴田勝家の『アメリカン・ブッダ』という短編集を取り上げましてね。これがまあべらぼうに面白かったので、『ヒト夜の永い夢』も我慢できずに書店へゴー、即座に手に入れた次第です。久しぶりだよ、この興奮は。

 

nkntkr0.hatenablog.com

 

そうそう、個人的なこだわりなんですが、自分で書籍を買う分にはできるだけAmazonではなく、書店で買うようにしています。なぜか、と問われるとそりゃあやっぱり売り上げで貢献したいじゃないですか。日用品とかはAmazonで買ってるわけだけど。本だけはなんか違う気がするんですよね。 

 

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例によって表紙がよい。なにがよいって、読破してからもう一度表紙を隅から隅まで御覧なさい。『ヒト夜の永い夢』の世界観が網羅されてる!!!すげえ!!!と驚くこと間違いないですぜ。なんなら「良優質品」って書いてるしな!!

ということでやっていきましょう。 やっていくとは便利な言葉ですね。

 

ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)

ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

だいたいこんな話

昭和2年。稀代の博物学者である南方熊楠のもとへ、超心理学者の福来友吉が訪れる。福来の誘いで学者たちの秘密団体「昭和考幽学会」へと加わった熊楠は、そこで新天皇即位の記念行事のため思考する自動人形を作ることに。粘菌コンピュータにより完成したその少女は天皇機関と名付けられるが――時代を築いた名士たちの知と因果が二・二六の帝都大混乱へと導かれていく、夢と現実の交わる日本を描いた一大昭和伝奇ロマン

 

現実とフィクションが交差しまくり。 

なんたって主人公は和歌山が生んだスーパースター、南方熊楠。そこに宮沢賢治やら江戸川乱歩といったこれまた明治から昭和にかけて活躍したスーパースターが登場。はたまた千里眼の研究者福来友吉や東洋初のロボットである學天即を作成した西村真琴も参戦し、そして南方熊楠が加わった秘密団体「昭和考幽学会」は粘菌コンピュータ(!)の天皇機関を作成し……というストーリー。登場人物全員クセが強ええんじゃ。

 

なんだよ、粘菌コンピュータって。2000年代の研究かよ(粘菌コンピュータ自体の研究は実在する)。どう考えてもぶっ飛んでる。最高の伝奇SFです。南方熊楠なら考えていたのかもしれない、というのが南方熊楠らしいところ。

ストーリーだけでいえば荒俣宏帝都物語』や伊藤計劃円城塔屍者の帝国』を連想するかもしれない。だけど魅力は重厚なストーリーだけじゃないんですぜ。その描写も見逃せないんですよ。というわけで、少し描写について触れましょう。

超高カロリーな文体が最高

舞台は昭和初期、2度の戦争勝利と戦後恐慌、関東大震災を経て社会主義運動が日本で勃興する時期です。大正モダンから昭和モダンへの過渡期。そこに南方熊楠という稀代の学者の一人称(?)で語られる文章はこってりとしながらもリズムよく古風な文体で、これがとても良いのです。少し本文から引用してみましょう。

※(?)としたのは最後まで読み終えると合点がいくと思います。

「あれこそ、我らが研究成果」

その呟きを受け、御輿の御簾が開かれた。人々から驚きの息が漏れ、それは巨大な歓声の波となる。

御輿の中にあるもの、それは人の姿をした人ならざるもの。

切り揃えられた黒髪、瞳には月の如く深い輝き。その唇は芙蓉石に似た淡い赤。真白なる肌には絹の光沢。金襴袈裟を纏い、神聖さを漂わせる少女の偶像。

思考する自動人形──天皇機関であった。

タン、と小太鼓を打つ音が一つ。天皇機関はその音に反応し、顔を上げて腕を前へと伸ばす。タンタン。なおも軽快な音は続き、それに合わせて少女の人形が体を動かし、やがて猫の跳躍するように御輿より外へと飛び出した。

ここで人々の熱狂は最高潮となった。

全き神秘の発露である。少女人形は小太鼓の音色によって複雑な動きを果たし、踊るように赤絨毯の上を進んでいく。それを実現するのは粘菌によって作られた人工の神経回路と演算機。機械でありながら、人間を模倣した存在。(p10-p11)

どうですか。この端的でありながら情景がありありと浮かび上がるような描写。いいでしょう。たぶん、ぼくが大学生時代にこの本を読んでたら多少は影響を受けていたと思います。ありますよね、森見登美彦とか舞城王太郎町田康川上未映子の文体真似する時期。そんな文体です。

600ページ以上の長篇ですが、上記のような文体でリーダビリティ溢れているので意外なほどに、そして展開の妙にページを手繰るのが止まりませんぜ。超高カロリーでありながら、決してジャンクな大味ではない。ただ味付けはケレン味溢れている、これがひとつのポイントではないでしょうか。

 

じつは、先ほど引用した文章も含めた本作の冒頭部分が下記リンクから読めるので、ぜひご覧になってください。

 

www.hayakawabooks.com

 

さて、もう一つ語りたいのがやはり粘菌コンピュータを駆使した思考する自動人形のアイデアについて。これは元ネタがいろいろありそうなのでそれを考えるのがこれまた面白い。 

思考する自動人形のアイデアのルーツ探し

これを書く前に読了後のツイートを引用してみます。

 

できるだけ140字で詰め込んだつもりですが、他にも本作のアイデアのルーツは色々とありそうです。なんだよ、サイバー粘菌仏教パンク感って。伝わるのか?

前回のエントリでも触れていますが、著者自身の大学(院)時代の専攻が民俗学ということで、その要素も多分にあるでしょう。

 

ちなみに、上記ツイートの中では荒俣宏帝都物語』はぼく自身まだ読んでいないのである意味では楽しみが増えました。そうそう、筒井康隆『パプリカ』にも触れていますが、どちらかというと今敏監督の映画『パプリカ』のビジュアルがどうしても想起されます。『パプリカ』が好きな人はおそらくこちらの『ヒト夜の永い夢』もハマるはずです。

あとはやはり『屍者の帝国』でしょう。こちらも『ヒト夜の永い夢』同様に、ワトソンやアレクセイ・カラマーゾフ大村益次郎など実在の人物からフィクションの人物まで登場しています。

他にも、機会を動かすパンチカードや「M」という単語、そして、粘菌と意志や脳、ロボット。ある意味では伊藤計劃を意識的に受け継いだストーリーだと個人的に考えています。伊藤計劃以後の日本SFを背負う作家として今後も注目。世代的にも同年代の作家なので、これからも楽しませてもらえそうです。

 

ということで、恐らくは他にも色々な元ネタがありそうですが、ぼくがパっと思い浮かぶのはここまで。逆に言えば、こういったネタに興味がある方にはぜひお薦めしたい小説です。

ぼくの宿題としては、まずは荒俣宏帝都物語』ですかね。まずは映画版を見て嶋田久作の恐ろしさに震えようと思います。